お安く気軽にゆるっと16番

HOや16番の金属工作を最小限の工具と労力でゆるっと楽しんでいます。皆さんも是非やってみて下さい。

石巻から女川港へ・石巻線のC11

東日本大震災で水没した女川港への鉄路をC11が通っていました。女川には臨港線があり、C11の引く貨物列車の終点は女川駅を経て、貨物専用の女川港駅でした。

万石浦沿いを女川へと急ぐC11。冷蔵車を連結して向かう先は女川港駅でした。 

 万石浦石巻の東方、牡鹿半島の付根にあり、仙台湾の魚の産卵場所となっています。こうした浦を海の生態系を顧みずに、浅いから簡単に埋立られると考えて、日本の近海の漁業資源に打撃を与え続けてきたのはたいへん残念です。万石浦はマハゼの大型が釣れる好場所でしたが、津波の後は姿を消しました。今は回復しつつあるようで嬉しいです。仙台の御雑煮に使うハゼの焼干しの産地でもあります。

女川からの貨物を引いて石巻へ向かうC11。終点の女川駅には転車台があり、C11は逆向きでこの区間を走ることはありませんでした。 海面の直ぐ上を線路は、津波浸水の上、震災による地盤沈下で、レールを海水が洗う状態になった箇所もあります。波静かな万石浦は湧水が豊富で、あちこちで牡蠣の養殖が行われています。勿論、津波の被害は甚大でしたが、日本全国からの支援と漁業関係者の踏ん張りで復活を果たしました。温暖化による高水温で貝毒被害が出ないと良いのですが。

石巻の街からは、広い田園地帯を横切り万石浦へと向います。背後に見える大河川北上川河口の街、石巻津波で大被害を受けました。北上川を遡った津波により、この田んぼも浸水したのです。

石巻に向けてトンネルから顔を出したC11。石巻線はキハ17が投入され、昭和30年代から旅客列車は無煙化しましたが、女川臨港線の他に、石巻港臨港線からの貨物が多く、東北本線との接続駅、小牛田までの40数キロがC11の活躍の場でした。

渡波駅での入換です。町の駅には必ず貨物側線があり、各駅停車の貨物列車は、その駅止まりの貨車を解放し、その駅で積込みが終わった貨車を連結して出発しました。現在の拠点間を結ぶ貨物輸送ではなく、地域に面で広がる鉄道の貨物輸送が確かに存在していたのでした。

女川からの石巻へ、万石浦沿いに進むC11牽引の貨物列車。

 女川駅はお陰様で高台に移転し、女川駅前には美しい商業施設も完成して観光客で賑わっています。 いつの日か女川臨港線が復活し、女川産の水産物が貨物列車で運び出されると良いのですが。

 

 撮影・写真提供 加藤 潤 横浜市